Persons
大澤 剛人(おおさわ たかと)
形があるものを、続けていくこと。
すでに出来上がっている分、ゼロから新しく物事を始めるときより一見簡単に思えるかもしれません。
「失敗を恐れて挑戦しないでいるよりも、若いうちからたくさん失敗して学んだほうが、将来につながると思うんです。僕自身が数えきれないほど失敗してきましたから」
そう豪快に笑うのは、鯖寿司を販売している店舗「さんとく三太郎」の大澤剛人さん。
「さんとく三太郎」を経営する株式会社三徳の専務を務める大澤さんは、もうまもなく父親から代表取締役を引き継ごうとしています。
自分の会社とともに、大澤さんが自らの手で受け継ごうとしているもの。それは脈々と続いてきた歴史のある食文化、そして生まれ故郷・余呉町の未来。
「大学に進学するときに都会に行ったまま、若い人が帰ってこないのは僕たちに責任があると思っています。地元でできる仕事がなかったら、帰ってきたくても帰ってこられないじゃないですか。
地元で働きたいと考える若い人が『就職したい』と思える会社をつくっていきたい。そのためにも、若い人が活躍できる舞台をもっと整えたいんです。それが僕の使命」
すでにあるものを受け継ぐには、軸をぶらさないようにしながら時代に合わせて変化することが求められます。その挑戦は、新しく作ることとは違う難しさも。
「僕らの仕事って、余呉の町と運命共同体ですから」
それでも「継ぐ」ために試行錯誤を続ける大澤さんの覚悟には、地域への強い思いがありました。
長浜市余呉町で両親が立ち上げた食料品店の、すぐ隣で生まれ育った大澤さん。大学進学のために故郷を出た後、地元に戻って父親のもとで株式会社三徳に関わり始めます。
手がけている事業は、食品の製造と卸売。数ある食品の中から選んだ「鯖寿司(さばずし)」を、近隣の賤ヶ岳サービスエリアで販売することにしました。
「福井県の若狭湾で水揚げされた鯖を、京都に運ぶ。途中で滋賀県内を通る必要があって。それで鯖を運ぶための道として『鯖街道』って呼ばれるようになったんです。だから海のない滋賀で、鯖が食文化の一部として根付いていった。冷蔵庫のない時代だったから、保存が効くように鯖寿司としてね。
そうやって受け継がれてきた食文化があるから、次の世代に伝えていきたいと思って。残されている鯖寿司をしっかり守ることが、僕らのやるべきことなんじゃないかな」
一般的な鯖とシャリを使うだけでなく、三徳の鯖寿司には特徴があります。それは、シャリの中に埋め込まれた甘酢生姜のカリッとした食感、大葉の爽やかな香りのハーモニー。色鮮やかな断面も魅力の一つです。
この味を武器に、大澤さんの鯖寿司はサービスエリアの軒下で着実にファンを増やしていきます。サービスエリアの運営会社にも評価され、2015年には軒下から場所を変えて専用ブースでの販売を始めました。
「場所が変わってもお客さんはパッケージで覚えてくれているだろう、と思っていたんですよ。本場の鯖寿司としてこれからも買っていただけるはずだ、ってね。
そしたら、何人ものお客さんに『軒下で売っていた、あの甘酢生姜と大葉が入っているお寿司はこれですか?』って聞かれるようになって。そのとき初めて気づいたんです。お客さんが特徴として認識していたのは味であって、僕たちの会社の名前やパッケージは全然記憶に残っていなかったんだ、って」
同じ鯖寿司なのに、場所を変えたら売れ行きが低下。挫折感を味わった大澤さんはブランディングの必要性を痛いほど実感し、2016年までの1年以上をかけてブランディングに取り組みます。
結果誕生したのが、「さんとく三太郎」の名前とパッケージ、そして鯖街道の歴史へのリスペクトを込めたロゴ。これによって「三太郎さんの鯖寿司を買いに来ました」と来訪するお客さんが増え、サービスエリアでの売り上げが回復していきました。
「さんとく三太郎」のファンが増えたことで言われるようになったのが、「本店はないんですか?」の声。これに応えるように、2017年に「さんとく三太郎」の本店をオープンしました。場所は余呉町。大澤さんが生まれ育ってきた大切な故郷です。
「特に滋賀県内のお客さんからは、『なんで余呉町に出したんや』と。人口も交通量も少ないんだから、長浜市街地に本店を出したほうが便利なのに、ってね。確かに本店が順調に売れているかって言うと、特に雪が深い冬場はお客さんは少ないです」
人口が集中している長浜市街地から本店までの距離は、車でおよそ30分。思い立ったときに立ち寄れる距離ではありません。それでも大澤さんは、いつか別の場所に店舗を増やすとしても本店を動かすつもりはないと言います。
「ここに骨を埋めるつもりで本店の場所を選んだんです。移さないぞ、と覚悟を決めました。やっぱり、余呉に育ててもらったから。僕も、この会社もね。
会社の原点である父親の食料品店に、この町の人が通ってくれていた。そうでなければ今まで会社を続けることはできなかった。だから地元に恩返ししたいですよね。一生をかけてここでお店をやって、町の活性化に少しでもつなげられたら、それが本望なのかなって」
サービスエリアで「さんとく三太郎」を知って本店に立ち寄ってくれたり、大阪や京都、愛知などの県外からも足を運んでくれたり。大澤さんが覚悟を決めて出店したことで、余呉町を訪れている人は確実に増えているのです。
長男として生まれ、物心ついたときから「自分がやっていかんとあかんのや」と会社を継ぐ決意をしていた大澤さん。会社や食文化だけでなく地域を担おうとしている理由は、幼少期の体験にありました。
「余呉町の自然が好き。特に春の山がいいですね。葉が落ちて山肌が見えていた冬の山が少しずつ色づいて、新芽が出る季節になると一気に山の距離が近くなるんですよ。山にボリュームが出るから。小さい頃からその光景にわくわくしていました。
あとはやっぱり、地域に育てられてきた記憶があるからかな。僕が幼い頃、父が小学校に一輪車を寄付したり、お年寄りのためにゲートボール大会を主催してお弁当を出したり。幼いながらに、父のことをかっこいいなって。その背中から、会社が地域に密着して歩みを進めていくことの大切さを教えてもらいました。今は親子喧嘩ばかりですが(笑)」
だからこそ、地域に安定した雇用を生み出したい。そう決意した大澤さんは41歳の今、時代にフィットする経営理念の設計や組織運営を学び、社員が働きやすい環境を整えるべく日々奮闘しています。
「若い人が存分に失敗して学べるようにするためには、僕らの世代の役割が重要ですよね。失敗させないように先回りしたら、成長の邪魔になってしまう。それよりも、失敗しても自分で立ち直れるような環境をつくっていこうと。社員がどんどん活躍できるように、僕が先頭に立ってフォローをしていきたいですね」
時に、自ら率先して失敗と学びを繰り返しながら。地域への強い思いを原動力に、大澤さんの「継ぐ」ための奔走は続きます。
<鯖寿司・焼き鯖寿司 さんとく三太郎>
住所:滋賀県長浜市余呉町東野370-2
電話番号:0749-86-2105
メールアドレス:info@3-toku.com
HP:http://www.3-toku.com/
営業時間:9:00〜17:00
定休日:毎週火曜日、水曜日
アクセス:国道365号線沿い 「よご認定こども園」そば
書き人:菊池百合子