Persons
今井 康彦(いまい やすひこ)
「始めてみよう」と決めた一つの物事を、まだ見ぬ未来を信じて続けていく。
「継続は力なり」とは言うものの、一歩先すら見えないままに歩みを進めることは簡単ではないと感じます。ましてや途中で真っ暗なトンネルに迷い込んだとき、「そんな道は進まないほうがいいよ」と声を投げかけられたとき、次の一歩を踏み出す勇気が揺らいでしまうことも。
「お店を始めたときに、周りの人から『一年続かないね』なんて言われて。『ぜったい見とけよ』って思ったんです」
そう語るのは、『手作り惣菜の店 えん』代表の今井康彦さん。お弁当やオードブルの製造・販売を手がける長浜の惣菜店です。
今井さんが夫婦でお店を始めたのは2015年のこと。それから4年の歳月が流れようとしている今、「ぜったい見とけよ」の言葉のとおりにお店を続け、2店舗目を長浜市の中心部に出店しています。
「あきらめたくない、ここであきらめたらあかんなって。なにくそ、って負けん気を持ち続けて、何とか乗り越えてきましたね」
今井さんが始まりの地に選んだのは、高月駅の近く。国道8号線沿いとは言え、人口が多いエリアとは言えません。出店当初はお客さんの少なさに頭を抱えた時期もあったそう。
それでも強い意志を貫いてくることができた理由。冗談をまじえながら気さくにお話される今井さんの覚悟を支えてきたのは、お店の名前『えん』にありました。
今井さんは長浜市木之本町の出身。他県での会社勤めを経て地元に戻ってきた後、「妻と一緒に事業をやってみたい」と決意。この時点で45歳、3人のお子さんがいた今井さん。夫婦で何に挑戦しようかと思案をめぐらせます。そのとき頭に浮かんだのが、会社員だった頃の休日のひとコマでした。
「僕が野球チームに入っていたので、よく家にチームメイトを招いて一緒に食事していたんです。たまに20人くらい来たときもあったかな。妻は食事を作ってみんなをもてなすのが好きで。出した料理に対して『おいしい』と言われて喜んでいたね」
そんなあたたかい光景を思い出し、今井さんはこのおいしさをもっと多くの人に届けよう、と事業化を決意します。
事業に反対する両親には啖呵を切り、周囲には「一年後にはお店がないだろうね」と言われながらも、持ち前の負けん気で1号店をスタートしました。
「商売であろうと何であろうと、結局は人とのつながりに行き着くんやなと思って。お客さんとの『縁』を大切につむいで、そのご縁が『円』を描くようにどんどん広がっていく。その真ん中にあるようなお店にしたいっていう願いを、心の中にずっと持っておきたいと思って。じゃあ、名前は『えん』でいこうと」
スーパーに入らない路面店でのスタート。開店当初はなかなか軌道に乗らず、眠れぬ夜を過ごした時期もあったと言います。
「最初の頃は特に大変やった。お客さんは来てくださるけれど、そもそもこのへんの人口があまり多くない。口コミで広まっていくにも時間がかかるし、どうしようかなって。
経営が厳しくて他の会社で働こうか迷ったときもあったけれど、それじゃあ本当にやるべきことから自分が逃げてしまう。あきらめて逃げることになるで、最後まで勝負せんとね。
しゃあないから営業まわりをしていたら、少しずつ企業での会議弁当の発注も増えてきたんよ。そこからようやく食いつないでいけるようになって。やっぱりあきらめたらあかんってあらためて思ったよ」
ひょうひょうと語る今井さんですが、採算が取れなくても店舗一筋をつらぬく覚悟は誰もが背負えるものではありません。子どもの寝顔を見ながら不安にさいなまれた夜があろうとも、乗り越えられた理由。それは、お店の名前『えん』に込めた「願い」でした。
「妻が店頭に立っていたら、少しずつ気に入ってくださる方が出てきて。リピーターになってくれて、お店のことを広めてくれて。そこから新しいお客さんがまた1人増えて。人とのつながりを大切にする地域柄なんだなって感じたね」
思い描いていたように、「縁」が広がって「円」になっていく──。二人が大切につないできた毎日のその先に、名前に込めた願いが現実のものとなっていったのです。
名前の他にもう一つ、今井さんを支えた存在がありました。
「なかなか黒字にならなくて僕がカリカリしていた頃も、妻はいつも『何とかなるさ』ってね。あっけらかんとしてくれていたから、一緒に乗り越えられた。そうじゃなかったら、とっくに亀裂が入っていたかもしれない(笑)」
今井さん夫婦だったからこそ、二人三脚で駆け抜けてくることができた日々。その積み重ねの先に、長浜市中心部への出店が決まります。2018年7月、『えん』は店頭販売を高月店から長浜店に移し、新たなスタートを切りました。
今でも高月店での製造を続けているため、夫婦で2店舗を往復しながら製造・販売・配達をこなす日々。運営を安定させようと試行錯誤している今が正念場だと言います。
「高月店で販売をやめたから、お客さんの顔が見えなくなったのは確か。それでも、目の前の仕事の先には人がいることを忘れたくないですね。自分が作った惣菜をお客さんが食べて、おいしかったって言ってくれるところを想像する。そうすると、料理に対しての思い入れが違ってくるんです。
だって、一番大変だった頃に支えてくれたのはお客さんだから。良いものにお金を払おうとする高月のお客さんたちが、『えん』を育ててくれた。お客さんがいて初めて、うちらの仕事が成り立つ。かつて妻が家でみんなをもてなしていた頃の、『楽しんでもらいたい』って思いが今も原点だね」
だからこそ、人手が安定したら高月店でも店頭販売を再開して、駆け出しの頃の『えん』を支えてくれたお客さんにお惣菜を届けたいと言います。
そしてもう一つ、今井さんらしい「これから」のお話も。
「そろそろ家族で旅行したいと思っていて。開店の頃から妻がずっと働きづめだから、リフレッシュできる時間をはよ確保してあげたいな、って。そのためにもね、今が頑張りどき。
あとは、妻がいつか小料理屋をしたいらしくて。開店したばかりの頃のように、お客さんと話しているのが好きだからって。妻にはずっとお世話になっているんでね(笑)、そんな夢を叶えたろって。ここだけの話やで」
店名に込めた願いが少しずつ育っていった『えん』。何店舗に増えようとも何食作ろうとも、目の前のお惣菜の向こう側にある「えん」を想いながら、今井さんは今日も夫婦でお惣菜づくりにいそしんでいるのです。
<手作り惣菜の店 えん>
(長浜店)
住所:滋賀県長浜市八幡東町438 業務スーパー長浜店内
電話番号:0749-63-1833
営業時間:09:00 – 20:00
アクセス:県道509線沿い 緑色の「業務スーパー」看板が目印
(高月店 ※ 予約販売のみ)
住所:長浜市高月町高月957-1
電話番号:0749-85-5211
メールアドレス:kbanq653@ybb.ne.jp
HP:http://www.geocities.jp/souzai_en/
書き人:菊池百合子